日本監査研究会 監査研究 No.34 わが国におけるダイレクト・レポーティングの採用について他 続き
こんにちは、丸山満彦です。
昨日、
日本監査研究会の学会誌No.34の内容のうち、J-SOX開始時にダイレクト・レポーティング方式を採用しなかった時の議論を振り返ったのですが、今日は、インダイレクト・レポーティング方式(言明方式)を採用した結果どうだったのか?という点を整理しておきたいと思います...
本日は、昨日取り上げた
・解題 内部統制報告制度の現在と課題/蟹江章
・わが国におけるダイレクト・レポーティングの採用について/中村元彦
に加えて
・内部統制報告書の作成を巡る諸課題及びエンフォースメント/兼田克幸
さらに、一昨日、ひさしぶりに東京で食事をして、その後喫茶店で深夜まで話こんだ「てりたま」さんの記事(有料なので、一部しか見られませんが)
・2023.12.23 J-SOXの光と闇 「闇」編
で、今日の本題の「インダイレクト・レポーティング方式の問題点」です。
インダイレクト・レポーティング方式を採用したことに関連する課題、あるいは、根拠が希薄だったのではないかということに対して、
蟹江章先生論文では、
日本の内部統制報告制度の現状においても、企業経営者の評価範囲外の拠点や業務プロセスについて監査人が財務諸表監査目的で内部統制の評価を実施しているケースは多いし、財務報告に対する影響の重要性を勘案して評価対象範囲が拡大される場合には、ダイレクト・レポーティングを採用したからといって、評価対象範囲が必ずしも大幅に増えるとは限らない。アメリカではダイレクト・レポーティングが採用されているが、監査人が内部統制の有効性について直接意見を表明することから、通常、その評価範囲は、財務諸表監査で対象とされている事業拠点や重要な勘定科目に関連する業務プロセスと一致する。また、監査人が内部統制の評価範囲や評価方法を決定して監査するダイレクト・レポーティングの方が、財務諸表監査との整合性という観点では効果的な統合監査を実施できるとの見解もある(中谷[2023])。
という内容が記載されています。要はコストを考えて、インダイレクト・レポーティング方式にしたというけど、コストは変わらない、あるいはダイレクト・レポーティング方式のほうがむしろコストが抑えられたかもよ。。。という指摘ですね...
また、
兼田先生の論文では、
「2 制度形骸化の原因」として4点挙げているのですが、その一つに
ダイレクト・レポーティングによる監査人の監査手法が採用されていないこと。すなわち、経営者による内部統制評価とは別に、監査人が内部統制の有効性について直接評価する二段構えの評価手法が採用されていないため。経営者が評価の対象外とした内部統制について、監査人により厳密な監査手続が実施されていないこと。
が、挙げられています。要は、監査人がより厳格に評価したら、より見つかるのではないか?ということです。
ただ、これは、インダイレクト・レポーティング方式であっても、より厳格に評価したら、より見つかるという話にはつながる(例えば、経営者評価から外した業務プロセスは、重要性があるので、経営者評価に入れるべきという意見を言えばよい)ように思います。むしろ、「米国ほどコストがかかりませんよ!」とアピールするために、「結果として、売上高等の一定割合(おおむね3分の2程度)を相当程度下回ることがあり得る。」という文言が入った(そして、今も残っている)ことが問題なのだろうと思います。
中村さんの論文では、
日本内部統制研究学会(現:日本ガバナンス研究学会)の2020年の課題別研究部会報告「内部統制報告制度導入後10年が経過した実務上の課題と展望」から取り上げていますね...
提言6として、ダイレクト・レポーティング方式に変更すべきとしているのですが、その理由が2つあって、1つ目は、内部統制が有効ではなく、その旨の経営者報告書を記載した場合の監査報告書が、適正意見なので、ちょっとわかりづらいという話なのですが、重要な点ではありますが、あまり監査報告書の文言を変更すれば、わかりやすくなったりすると思うので、本質的な問題ではないかと思います。2つ目はより本質的だと思います。
すなわち、「財務諸表監査と内部統制監査を一体で実施するという前提であるにも関わらず、評価範囲の妥当性も含め、経営者の評価結果を監査するという内部統制監査は、財務諸表監査との一体監査という前提と整合的な理解が難しく、監査人・経営者だけでなく、内部統制報告書等の利用者にとっても混乱をもたらす」という話です。
提言6:規制当局は、監査人による内部統制報告に対する監査報告書を、ダイレクト・レポーティングに変更すべきである。
現状の問題点
現状の内部統制の対する監査報告書は、経営者による内部統制報告書に対して意見を述べる方式であるため、重要な不備がある場合でも、その内容等が内部統制報告書に適正に記載されている場合には、適正意見が表明される。企業の内部統制に不備があるにもかかわらず、無限定適正の意見が付された監査報告書が発行されることは、監査報告書の利用者には理解しづらく内部統制に問題がないとの誤解を与える可能性を否定できない。
また、財務諸表監査と内部統制監査を一体で実施するという前提であるにも関わらず、評価範囲の妥当性も含め、経営者の評価結果を監査するという内部統制監査は、財務諸表監査との一体監査という前提と整合的な理解が難しく、監査人・経営者だけでなく、内部統制報告書等の利用者にとっても混乱をもたらすと考えられる。
あるべき姿
規制当局は、内部統制報告書に対する監査報告書を、開示企業の財務報告に係る内部統制そのものの有効性について意見を表明するダイレクト・レポーティングに変更し。監査人が、財務諸表監査における内部統制の整備・運用状況の検討結果を基礎として全体としての財務報告に係る内部統制に対する監査意見を表明する制度に変更すべきである。
企業と独立の立場にある監査人が、直接的に企業の内部統制の評価範囲や有効性について監査することにより、厳密な評価が実施できるとともに、監査人による財務諸表監査と内部統制監査の一体的な実施を容易にすると考えられる。
なお、経営者による内部統制評価と内部統制報告書の発行は継続し、経営者が自らリスク評価を行い、内部統制を整備・運用するように促すべきである。また、期中に生じた内部統制の不備のうち、期末までに是正されたものについても、監査人が直接的に監査結果として報告することが望まれる。
2 研究者における見解として、
・町田先生の意見
町田[2011,400頁]は、インダイレクト・レポーティングへの批判として、現行の評価範囲を絞り込んだ上でのアサーション型の内部統制
監査よりも、ダイレクト・レポーティングのほうが財務諸表監査に対する親和性が高いことはたしかであるとしている。この点に関して、
第ーに監査人は、監査計画上、経営者の評価範囲にかかわらず内部統制の評価範囲を決定し、評価の実施時期も自由に設定できる点、
第二に財務諸表監査における内部統制の評価プロセスに内部統制の評価を組み入れられる点、
第三に財務諸表監査の手続の終了と財務諸表に対する心証の確定が監査報告書日付時点であるとするならば、内部統制の評価に係る心証の確定も同じタイミングとなる点
をあげている。
また、その前提となるのは、財務報告に係る内部統制の全体を評価対象とすることを述べている。
この意見は全うだと思います。
井上先生の意見
井上[2021,14-16頁]は、副産物という言葉を使用して、
第一に評価範囲の決定をめぐる経営者と監査人との間の協議の必要性、
第二に監査報告に及ぼす影響をあげている。
第一に関連して、監査人の独立性と二重責任の原則の観点から、評価範囲の決定に際しての経営者と監査人の協議は重大な問題を孕んでいると指摘している。
また,第二に関連しては、1の第ーで述べた内部統制報告書の表示の適正性に対して意見を表明する点について述べている。
評価範囲に関しては、企業会計審議会[2022b]において、経営者の評価範囲外で「開示すべき重要な不備」が検出される企業が一定程度見られるとの指摘がある。大手監査法人へのヒアリングをもとに開示すべき重要な不備が認識された直近数年の訂正内部統制報告書のうち、当該不備が経営者による評価範囲外から認識されたものは2~3割程度見られたとしている。
これも重要な論点を含んでいると思います。評価範囲の決定に際しての経営者と監査人の協議の部分ですね...二重責任ということなので、独立性の問題とも絡むかも...ということなのかもしれません。
実態的には経営者評価の計画段階で、監査人に経営者評価の範囲を説明し、監査人の意見も踏まえて、再度経営者評価の範囲を決定し、経営者評価を進めていくということになるし、あとで監査人が評価して、経営者評価の対象が少ないという意見があれば、経営者評価範囲を見直して評価し直すということに(理屈の上では)なるので、問題ではないとは思うのですが、表現の仕方の問題はあるかもですね...
実務家へのヒアリングの結果では、次のようなコメントがありますね
・評価としてダイレクト・レポーティング、インダイレクト・レポーティングの違いはないと考える(コントロールは同じ)
てりたまさんとも有楽町の深夜の喫茶店で語った時の内容は、ダイレクト・レポーティング、インダイレクト・レポーティングは一緒や、でしたね。。。
ところで、てりたまさんのブログはかなり面白いです...J-SOXのついての話は一部有料コンテンツ(J-SOXの光と闇 「闇」編)もあるのですが、興味深いないようですね...金融庁の人は五百円はらって読むべきだと思いました (^^;;
途中の議論を全部すっとばして、てりたまさんの結論をいうと
❶ 内部統制監査は廃止する
❷ 経営者評価は継続する
❸ 監査人はより根本的な指摘をする
です(^^)
でこれを実現するための、シナリオがまた秀逸(^^)。それは有料コンテンツだからかもしれません(^^)
なお、今回の改正につながった
さて、2023年の内部統制基準の改訂のきっかけなったキーワードの一つが
・「形骸化」
ですが、これについては以下の資料がその理由の一つになっているようです....
● 企業会計審議会・第9回会計部会
・2022.09.29 資料1 事務局資料 「内部統制を巡る動向」
の「開示すべき重要な不備開示会社」と、「訂正報告書提出会社」の推移のグラフ(金融庁謹製)です。
この資料は、
● 企業会計審議会・第22回内部統制部会
・2022.10.13 の事務局資料(内部統制報告制度について)
です。
最近の数字で訂正報告書の数が少ないのは、将来でてくる過去の訂正報告書が含まれていないからだろうと思われます。(調査が2022年6月までなので、その後の数字を拾えば更新できるのでしょうが...)
全体的には、内部統制が有効ではないという報告書は100件前後であるのですが、最初の2年間は期末段階で内部統制が不備と報告した企業が多いにも関わらず、その後は期末段階では内部統制は有効と報告したにも関わらず、不正等が発覚し、内部統制は(振り返ってみると不備であった)と訂正報告書を提出企業が増加しています。とりあえず、内部統制は有効と報告していて、その後不正等が発覚したら、訂正報告書を出せば良いのだ...という空気があるのではないか、ということで、そういう状況を踏まえて、内部統制の経営者評価と監査が形骸化しているのではないか?ということです。
この原因は、経営者が評価する業務プロセスの範囲ですが「結果として、売上高等の一定割合(おおむね3分の2程度)を相当程度下回ることがあり得る。」という記載があるために、重要性の判断が甘くなっているということが考えられますね。。。これは、J-SOXを導入するときに、米国よりも厳しくないということにするために、入れられた文言であるということから、制度設計時の経済界との理論を軽んじた妥協の問題点であろうかと思います。
この文言があることから、2/3にこだわり、経営者が評価する業務プロセスの範囲から外した業務プロセスの内部統制が不備で訂正報告書の提出に至ることも多いように思います(確認していないので、わかりませんが...直近の訂正報告書では、2〜3割程度あるという意見もあるようです※)
※:井上善弘 [2021] 「内部統制監査の理論と課題」創成社
皆さんも指摘しているとおり、今回は、重要な論点を最初に網羅して提示したにも関わらず、重要な論点は法改正を伴うので、先送りとなりましたね...
でも、そんなこと、金融庁は初めからわかっていたわけでしょうから、次の法改正への準備という感じですかね。。。この課題を受け取って、法改正にする際の、後ろ盾となる議員ってだれなんでしょうかね...政治の世界の会計人材、監査人材不足というのも課題かもしれませんね...
今回の内部統制部会の委員では、堀江先生、山口先生、藤木さんなど、何名かは交流がある人なのですが、そういう意味では気の毒な面もありましたかね...
まるちゃんの情報セキュリティ気まぐれ日記
・2024.08.27 日本監査研究会 監査研究 No.34 わが国におけるダイレクト・レポーティングの採用について他
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・2006.11.02 実施基準では、100項目のQ&Aを示したり、対象となる財務報告の範囲を示したりするが、「特に米国の監査事情に精通している人ほど、違和感を持つかもしれない」らしい・・・
・2006.09.06 監査がダイレクトレポーティング方式でも言明方式でも経営者評価の手間は関係ない
・2006.08.09 内部統制部会議事録等
・2006.08.06 監査人が「内部統制は有効であると監査意見を述べる場合」と「内部統制は有効であるという報告書の内容が適正であるという監査意見を述べる場合」の監査対象(保証又は証明対象)の違い
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