防衛研究所 :米国防計画における「Pacing Threat」としての中国
こんにちは、丸山満彦です。
防衛省の防衛研究所のレポートです。。。
● 防衛省 - 防衛研究所
・2021.09.02 米国防計画における「Pacing Threat」としての中国
参考になることも多いです。。。
● 防衛省 - 防衛研究所
中国の安全保障に関する記事。。。英語と中国語もあります。
年度 | 副題 | 章 | テーマ |
2021 | 新時代における中国の軍事戦略 | 1 | 情報化戦争の準備を進める中国 |
2 | 中国のサイバー戦略 | ||
3 | 中国における宇宙の軍事利用 | ||
4 | 中国の軍民融合発展戦略 | ||
2020 | ユーラシアに向かう中国 | 1 | 中国のユーラシア外交 |
2 | 中央アジア・ロシアから見た中国の影響力拡大 | ||
3 | ユーラシアにおけるエネルギー・アーキテクチャ | ||
2019 | アジアの秩序をめぐる戦略とその波紋 | 1 | 既存秩序と摩擦を起こす中国の対外戦略 |
2 | 中国による地域秩序形成とASEANの対応 ――「台頭」から「中心」へ | ||
3 | 「一帯一路」と南アジア――不透明さを増す中印関係 | ||
4 | 太平洋島嶼国 ――「一帯一路」の南端 | ||
2018 | 岐路に立つ米中関係 | 1 | 中国の対米政策 |
2 | 米国の対中政策 | ||
3 | 地域における米中関係の争点 | ||
2017 | 変容を続ける中台関係 | 1 | 中国の台湾政策の変遷 |
2 | 台湾から見た中台関係 | ||
3 | 米国にとっての台湾問題 | ||
4 | 中台関係の変容と「現状維持」 | ||
2016 | 拡大する人民解放軍の活動範囲とその戦略 | 1 | 遠海での作戦能力強化を図る中国海軍 |
2 | 空軍の戦略的概念の転換と能力の増大 | ||
3 | ミサイル戦力の拡充 | ||
4 | 統合的な作戦能力の強化 | ||
2014 | 多様化する人民解放軍・人民武装警察部隊の役割 | 1 | 中央国家安全委員会創設とその背景 |
2 | 人民武装警察部隊の歴史と将来像 | ||
3 | 人民解放軍による災害救援活動 | ||
4 | 軍事外交としての国連平和維持活動 | ||
5 | ソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動 | ||
2013 | 1 | 中国の対外危機管理体制 | |
2 | 中国の危機管理概念 | ||
3 | 危機の中の対外対応 | ||
2012 | 1 | 「党軍」としての性格を堅持する人民解放軍 | |
2 | 深化する軍と政府の政策調整 | ||
3 | 軍と政府が連携を深める安全保証政策 | ||
4 | 政策調整の制度化を求める人民解放軍 | ||
2011 | 1 | 海洋に向かう中国 | |
2 | 南シナ海で摩擦を起こす中国 | ||
3 | 外洋に進出する中国海軍 | ||
4 | 対外園で発言力を増す人民解放軍 | ||
創刊号 | 1 | 中国の対外姿勢 | |
2 | 拡大する活動範囲 | ||
3 | 役割を増す軍事外交 | ||
4 | 進む装備の近代化 |
● まるちゃんの情報セキュリティ気まぐれ日記
・2021.07.01 防衛研究所 中国が目指す認知領域における戦いの姿
・2021.07.01 防衛研究所 バイデン政権と中国
・2021.04.27 防衛研究所 台湾関係 日米首脳共同声明等
・2021.03.10 防衛省 NIDS 防衛研究所 米大統領選後の安全保障の展望
・2020.12.04 防衛省 防衛研究所 「一帯一路構想と国際秩序の行方」(安全保障国際シンポジウム報告書)
・2020.12.01 防衛省 防衛研究所 米大統領選後の安全保障の展望 ASEAN, 中国, 南アジア
・2020.11.14 防衛省 防衛研究所 「中国安全保障レポート2021 ― 新時代における中国の軍事戦略 ―」は中国のサイバー戦略についての章がありますね
Pacing Threatの意味...
1.中国を「Pacing Threat」に設定する意味
党派の違いにも関わらず、バイデン政権の対中政策にはトランプ前政権からの連続性が存在することはしばしば指摘される[1]。その一つが、ロイド・オースティン国防長官が中国に対して用いている「pacing threat」という言葉に見られる、中国が米国の安全保障政策を規定する第一の脅威であるという認識である(「pacing threat」は「pacing challenge」とも言い換えられている)。オースティン長官は、2021 年 1 月 19 日に自身の指名人事を審査するために開かれた上院軍事委員会公聴会に提出した陳述書において「ロシアは主要な敵対国であるが、中国が pacing threat である」とし、「バイデン政権は、中国を最も深刻なグローバルな競争相手として、そして、国防の観点からは、大半の分野において pacing threat とみなす」との見解を示した[2]。そして、公聴会においても「中国は、我々が注力するところの、最も重大な競争相手であり、pacing threat である」と強調した[3]。さらに、オースティン国防長官は、3 月 16 日に行われた日米安全保障協議委員会後の記者会見においても「中国は、国防省が引き続き集中すべき pacing threat である」と繰り返した[4]。なお、キャスリーン・ヒックス国防副長官やマーク・ミリー統合参謀本部(JCS)議長も、中国を「pacing threat」と認める発言を議会で行っており、こうした認識はバイデン政権の国防省において一貫したものとなっているといえよう[5]。
この「pacing threat」は米国の国防計画に関する議論でしばしば使われる言葉であるが、適切な訳語が与えられた例は見受けられない[6]。そもそも、動詞としての「pace」には「ゆっくりと、あるいは一定の歩調で歩く」などの意味のほかに、「[他者の]歩調を設定、あるいは制御する」の意味があるが[7]、「pacing threat」の「pacing」は後者の意味で使用されていると考えられる。すなわち、「pacing threat」は、米軍が紛争時において戦う相手を想定することで、米軍が目指すべき能力や戦力組成・態勢を規定する。すなわち、米国防計画の「歩調を設定(pace)」する「脅威」であることから「pacing threat」なのだといえよう。それが与えるイメージはともかく、純粋に概念として捉えた場合、「仮想敵国」や「対象国」といった言葉が近い。
なお「国家がどのような軍隊を必要とするかを決定」する国防計画(defense planning)プロセスにおいては、特定の国との武力紛争を想定し、その国の兵力、装備、戦術、編制等を参照しながら作業が進めることは特別なことではない[8]。その場合、問題となるのが、脅威とされる国の「意図」をどのように評価すべきかである[9]。ある評者は「意図はその瞬間にでも変わり得るが、能力が変容するには数年を要する」ため、「国防計画というものは、常に、敵対国の意図ではなく、能力に向けられなければならない」とした。そして、「『pacing threat』という概念は、このような現実を認めることを意図したものである」と説明した[10]。つまり、ある国の脅威に対応するためには、意図の顕在化を待たずにその国を「pacing threat」と設定して戦力整備を進めることが必要であるが[11]、逆に、ある国を「pacing threat」と指定したとしても、当該国を「敵国」と決めつけたのでも、必然的にそうなるとの前提に立つものではない。
最近の米国防省の文書で具体的に「pacing threat」を設定したものに、2018 年 11 月に米陸軍訓練教義コマンド(TRADOC)が公表した陸軍作戦コンセプト(AOC)、「2028 年のマルチドメイン作戦における米陸軍」(2018 年 AOC)がある。これは、マルチドメイン作戦(MDO)として米陸軍が今後 10 年かけて目指す戦い方と、それを可能とするために必要となる能力や部隊編制を提示したものである。2018 年 AOC は、中国とロシアのいずれを「pacing threat」とするべきか、すなわち、いずれの軍事力と戦うことを前提にして作戦コンセプトを開発するかという点について「技術的および戦術的目的から、ロシアを現在の pacing threat として使用する」とした上で、その軍事近代化のペースを挙げて「将来的には、中国が米軍にとっての概念上の pacing threat となるであろう」と述べていた[12]。すなわち、現時点ではロシアを「pacing threat」と設定するが、長期的には中国がそれに取って代わるとの見通しを示したのである。
さらに、2018 年 AOC は、現在、ロシアを「pacing threat」とするものの、ロシア軍と中国軍の作戦コンセプトや戦力開発は「十分に似通っており」、ロシアから中国へ「pacing threat」の切り替えを容易にするとの見立てを行っている[13]。米国の国防計画においては、「pacing threat」に設定されるような、最大の脅威よりも小さい脅威については、前者に備える中で対応できるとして「lesser included cases」あるいは「lesser included threat」(大きな脅威に包含されるより小さな脅威の意)と位置付けられることがある[14]。2018 年 AOC において、中国はそのような扱いを受けているといえよう。こうした用法から明らかなのは、「pacing threat」とはその国が置かれた戦略環境を踏まえ、当該国の国防当局が主体的に設定するものであるということである[15]。オースティン国防長官が中国を「pacing threat とみなす」と述べた際に「国防の観点からは」と断っていることは、国防計画プロセスのステップとしてそうしていることを示唆しており、「国益に適う場合は、中国との協力を排除しないし、すべきでない」(2021 年 3 月、暫定国家安全保障戦略指針)というような、バイデン政権がいう「戦略的競争」の概念が持つ幅広さと矛盾するわけでも、それを否定しているものもないであろう[16]。
[1] AFC(Army Futures Command)、DOD(Department of Defense)、SASC(Senate Armed Services Committee)、 TRADOC(U.S. Army Training and Doctrine Command)については、初出から略語を執筆者名として使用する。
[2] SASC, Senate Armed Services Committee Advance Policy Questions for Lloyd J. Austin Nominee for Appointment to be Secretary of Defense, 117th Cong., 1st sess., January 19, 2021, 44, 56.
[3] SASC, To Conduct a Confirmation Hearing on the Expected Nomination of: Lloyd J. Austin III to Be Secretary of Defense before the Committee on Armed Services, United States Senate, 117th Cong., 1st sess., January 19, 2021, 138. 4 Department of State, “Secretary Antony J. Blinken, Secretary of Defense Lloyd Austin, Japanese Foreign Minister Toshimitsu Motegi, and Japanese Defense Minister Nobuo Kishi at a Joint Press Availability,”
[4] Department of State, March 16, 2021, https://www.state.gov/secretary-antony-j-blinken-secretary-of-defense-lloyd-austin-japanese-foreignminister-toshimitsu-motegi-and-japanese-defense-minister-nobuo-kishi-at-a-joint-press-availability/.
[5] SASC, Senate Armed Services Committee Advance Policy Questions for Dr. Kathleen Hicks Nominee for Appointment to be Deputy Secretary of Defense, 117th Cong., 1st sess., February 2, 2021, 71; and SASC, Hearing to Receive Testimony on the Department Of Defense Budget Posture in Review of the Defense Authorization Request for Fiscal Year 2022, 117th Cong., 1st sess., June 10, 2021, 81.
[6] なお、邦文文献では「pacing threat」に「刻々と深刻化する脅威」、「着実に近づいてくる脅威」、「一定歩調の脅威」などの訳を充てる例がみられるが、これらは「pace」を「歩く」という意味に解釈をした訳であるといえよう。
[7] Merriam Webster Online Dictionary, s.v. “pace,” https://www.merriam-webster.com/dictionary/pace.
[8] Michael J. Mazarr et al., The U.S. Department of Defense’s Planning Process: Components and Challenges (Santa Monica, CA: RAND, 2019), 1, 12.
[9] 国防計画を進める上で脅威となる国の「意図」と「能力」を分けて考えることは一般的である。現在、JCS 議長を務めるマーク・ミリーは陸軍参謀総長に指名されて出席した上院軍事委員会公聴会(2015 年 7 月 21 日)において、米国にとって最大の脅威を問われロシアであると回答し、同国が米国を破壊できる核戦力を持つ点で「能力を有している」こと、さらに「意図については?それはわからない」と述べつつ、2008 年のジョージア侵攻やクリミア併合等の「侵略的」行動をとっていることを説明として付け加えた(下線部筆者)。SASC, Hearing to Consider the Nomination of General Mark A. Milley, 31, 32.
[10] Why Russia is Still the West's "Pacing Threat,” Defense & Foreign Affairs Strategic Policy, 48, no. 8 (January 1, 2020), Factiva.
[11] 往々にして、戦争が生起して初めて意図が顕在化することがある。
[12] TRADOC, TRADOC Pamphlet 525-3-1 The U.S. Army in Multi-Domain Operations 2028 (Fort Eustis, VA, 2018), 7.
[13] Ibid., 6.
[14] Mazarr, Planning Process, 12; Mark Stout, “(W)Archives: World War I and the “Lesser Included Threat,” War on the Rocks, December 5, 2014, https://warontherocks.com/2014/12/warchives-world-war-i-and-the-lesser-included-threat/; and Brian A. Jackson and David R. Frelinger, Emerging Threats and Security Planning How Should We Decide What Hypothetical Threats to Worry About? (Santa Monica, CA: RAND, 2009), 6, 7, 10, 15.
[15] 「pacing threat」の語は、より狭いテクニカルな意味で、各軍種が装備開発を行う上で性能上の目標する外国の先端的な装備を指す言葉としても使用されることもある。1999 年に統合参謀本部が実施した攻撃型原子力潜水艦(SSN)の所要数の検討は 2015 年までにバージニア級 SSN が 18 隻必要となるとの結論を示したが、これは「technologically pacing threat」(この場合はロシアのアクラ級 SSN)に対抗するために必要であるとの理由付けがなされた。この場合でも、いずれを「pacing threat」に設定するかというのは、設定する側の判断である。Ronald O'Rourke, Navy Virginia (SSN-774) Class Attack Submarine Procurement: Background and Issues for Congress, RL32418 (Washington, DC: CRS, January 24, 2021), 20.
[16] White House, Interim National Security Strategic Guidance (Washington, DC, 2021), 31.
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