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2010.10.05

科学技術は価値中立か?

 こんにちは、丸山満彦です。いろいろなことがありまして、なかなか更新できておりません。。。今日はセキュリティの話というよりも科学技術全般についての話となりますかね。。。
 今朝、電車に乗っているとき、ふと思いついた話です。
 「科学技術って価値中立か?」。朝から、しかも通勤途中の山の手線の中で、こういうことをふと思っていしまうのもどうかと思ったりもしますが。。。
 「ウィニー(ソーセージではないほうね。。。)は単なる道具だからそれを使う人の心の問題だよね。。。」と簡単に思ってしまったりもするのですが、「いやいや、作者には悪事に使う意図があったか、もしくは悪事に使われることを容易に想像できたはずだ。なので、作成者にも問題がある。」という話もあります。。。

 
 で、今朝、ふと思ったことは、そもそも「一般的」に科学技術って価値中立なのか?ということなんですね。

 「よい、望ましいといった、利点がある」といった判断ができるのであれば、「価値中立ではない」といえそうなんですが、目的によって価値判断は異なるので、「科学技術って価値中立と置いておくほうがよいのだろう。。。」という思いもあり、今朝は「それでいいのだろうか?」と思ってしまいました。

 このブログを書いていて、またまた思ったのですが、「科学技術って価値中立と『置いておく』ほうがよいのだろう」と、「置いておく」と自然と書いていました。
 「科学技術は価値中立である」というのは証明すべきことなのか、それとも「科学技術は価値中立である」と社会的にしておくほうがよいという話なのか、ちょっと考えるべきかもしれないなぁ・・・と。。。

 なんか、朝からあほなことを考えております。。。

 この議論を深めるほどの基礎的知識が絶対的に不足しているわけですが、ぼちぼちと考えてみたいと思います。。。

 そろそろ会議が始まります。。。

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Comments

丸山 様

夏井です。

「全ての科学技術が一つのこらず」という前提であれば,答えは明らかにNoです。

例として,マッドサイエンティストが地球上の高等生物を全て絶滅させるために超猛毒で万能耐性を有する細菌を意図的に遺伝子合成により作り出したという架空の事例を想像してみてください。

Posted by: 夏井高人 | 2010.10.05 11:54

夏井先生、コメントありがとうございます。極端な事例を考えるとわかりやすいですね。。。

Posted by: 丸山満彦 | 2010.10.06 00:13

どこからセーフでどこからがアウトかという明確な線引きはないでしょうね。。。グレーゾーンの処理が難しい。

Posted by: 丸山満彦 | 2010.10.08 08:44

丸山 様

夏井です。

核兵器,クラスター爆弾,生物化学兵器等は科学技術の粋を集めた結晶とでもいうべきものの一つだろうと思います。

これらは「グレーゾーン」なのでしょうか?

また,宗教が支配していた時代には,自然科学そのものが悪魔の業として扱われていました。

となると,答えは単純・明快ですね。

「価値中立性」という概念それ自体が相対的・浮動的なものであり,絶対的・固定的なものではないという当たり前のことに気づくことが大切です。

相対性理論と同じです。

Posted by: 夏井高人 | 2010.10.08 10:04

夏井先生、コメントありがとうございます。
=====
価値中立性」という概念それ自体が相対的・浮動的
=====
腹落ちしました!!!

Posted by: 丸山満彦 | 2010.10.08 13:28

原子力技術と原子爆弾
P2P技術とウィニー
DPI技術とDPI広告

 前者の技術中立性は、まぁ一定の条件の下で(文脈で)肯定し得ることはあるんでしょう。でも、その技術を基礎に特定のプロダクトを開発したり、実装した場合は、そこに開発者の様々な思想が具体化されていますし、社会に向けてリリースされて一定の影響が生じ得る状態になっていますから、その技術の使い方を含めて社会的評価を受けるのはむしろ当然のことではないかという気がします。いわゆる技術そのものの評価とは別のものになるのではないでしょうか。

 例えば、「DPI広告」に対するネガティブな評価に対して、「DPI技術」を持ち出して、情報セキュリティ対策等に有用だと、それらを含めてDPI技術全般に萎縮効果をもたらすと、技術中立性が損なわれるではないかと、声高に批判する人たちがいます。

 (それぞれに言葉遊び、ポジショントークという面もなきにしもあらずですが、)「DPI広告」に対する技術的、法的、社会的な検討が必要な時に、技術中立性を持ち出し、ネガティブ評価を問題視する論調は、自覚的にやっているなら、かなり乱暴というか悪質な論法のような気がしますし、それを無自覚的にやっているなら、誠に残念な人のような気がします。

 ウィニー擁護も、同様です。著作権侵害の幇助での刑事責任については無罪を支持する人でも、その社会的影響に対する道義的責任については、また別の評価をしている人も多いのではないでしょうか。P2P技術の価値中立性を持ち出してくる人もいるようですけどもね。それとこれを混同するのはいかがなものかと思うわけです。

 具体化したプロダクトにまで技術中立性が錦の御旗になるなら、原子爆弾もまた技術中立性ということになりはしないか。原子力技術は原子力発電を通じて社会貢献しているではないかというのは、あきらかにすり替えがあります。

 彼らが技術と称しているものが、政府(政策)からの技術中立性を問題とすべきものなのかどうか。単純なレトリックを信じて単純に言っているだけなら、教条的というか凶状的というか、カルトな人たちだと思います。

Posted by: 鈴木正朝 | 2010.10.18 00:01

鈴木先生、コメントありがとうございます。技術とその技術の実装とを分けて考えるというのはよいですね。

そもそも、「科学技術は価値中立か」ということが重要なのではなく、科学技術を社会に実装する際に、法令上の問題はないのか、法令上の問題としてはグレーであるとしても社会的な価値観に照らし合わせてみた時にどのようにすべきであろうかということを考えることが重要なのでしょうね。もちろん、価値観というものは社会的な文脈で考えるべきものですから、時代に応じて変化し続けるわけで、ある時点や場所はそれほど問題とされなかった技術の実装も、別の時点や場所では問題となる場合もありえますね。。。

Posted by: 丸山満彦 | 2010.10.18 07:44

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